休日の朝。
時計を見ると、朝の6時過ぎ。
家族はまだ眠っています。
起こさないように足音を殺しながらリビングを通り、静かに玄関のドアを開けます。
ドアを閉める時も、最後まで手を添えて音を立てないように。
そんな小さなことを気にしながら外へ出ると、少し冷たい朝の空気が頬に当たります。
思わず深呼吸。
澄み渡った朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、不思議と胸が高鳴ります。
「あぁ、今日も走れる。」
その瞬間が、私は好きです。
バイクへまたがり、エンジンをかけます。
静かな住宅街に低い鼓動が響くたび、
「近所迷惑にならないかな。」
そんなことを考えながら、回転数を上げずにゆっくり走り出します。
住宅街を抜けるまでは、景色を楽しむ余裕なんてありません。
ただ静かに、誰にも迷惑を掛けないように走るだけです。
信号待ちでは、普段仕事へ向かう時には気付かない景色を眺めています。
「こんな場所にこんな店があったんだ。」
「この木、こんなに大きかったんだ。」
休日の朝だからこそ見える景色があります。
そして、その先にいつもの山が見えてきます。
その瞬間。
「あぁ、ここからだ。」
毎週見ている景色なのに、毎週少し嬉しくなるのです。

バイクへ乗る理由
「考え事をするためにバイクへ乗っているんですか?」
そう聞かれたら、私は首を横に振ります。
違います。
私は純粋にバイクが好きなんです。
朝の澄んだ空気。
ヘルメットの中へ流れ込む風。
アクセルを開けた時に伝わるエンジンの鼓動。
そして、少しきつめの右コーナー。
車体を倒し、思い描いたラインを気持ちよく曲がれた瞬間の、あのバイクとの一体感。
思わずヘルメットの中で笑ってしまうくらい好きです。
だから私は走ります。

気付けば考えていました
走り始めた頃は何も考えていません。
ただ気持ちよく走っています。
でも、不思議なんです。
夢中で走っているうちに、いつの間にか頭の中ではブログのことを考えています。
YouTubeはこの方向でいいのかな。
次の記事は何を書こうかな。
もっと読者の役に立てる方法はないかな。
そんなことを、ぐるぐる考えています。
でも毎回答えが出るわけではありません。
「違うな。」
「これもしっくりこない。」
そんなことを考えているうちに、また一つコーナーを曲がっています。
結局、その日も何も思い付かないまま帰ることもあります。
でも、
「今日は何も思い付かなかったな。」
そう落ち込むことはありません。
「まぁ、今日も気持ちよく走れたからいっか。」
そんな気持ちで家へ帰ります。
人生は、少しずつしか変わりませんでした
昔の私は、
人生を変える答えはどこかにあると思っていました。
でも違いました。
毎週走る。
少し考える。
一週間暮らす。
また走る。
その繰り返し。
一週間では何も変わりません。
一か月でも変わりません。
でも一年後。
ふと振り返ると、
「あれ?」
人と比べなくなっている。
見栄を張らなくなっている。
以前より、自分の暮らしが好きになっている。
そんな自分に気付きました。
人生は、大きな決断で変わるものではありませんでした。
静かに自分と向き合う時間の積み重ねが、少しずつ人生の向きを変えてくれた。
ただ、それだけだったのです。
私が欲しかったのは、静かな時間ではありませんでした
以前は、
私は静かな時間が好きなんだと思っていました。
でも今なら違うと分かります。
家でも静かな時間はあります。
散歩でもあります。
読書でもあります。
でも私にとってバイクは少し違いました。
バイクを操ることだけに集中していると、仕事のことも、人の目も、昨日の嫌な出来事も、いつの間にか頭の中から消えていきます。
そして、その先でようやく、自分の本音と向き合えるようになるのです。
静かな時間が欲しかったわけではありません。

私には、自分に戻れる時間が必要でした。
誰かの答えではなく、自分の答えを選びたい
昔の私は、
周りに流されることが多かったと思います。
見栄も張りました。
人とも比べました。
「みんながそうしているから。」
そんな理由で選んだことも少なくありません。
でも、その先に安心はありませんでした。
だから本を読みました。
考えました。
試しました。
また考えました。
その繰り返しの中で、一つだけ分かったことがあります。
誰かが出した答えを、そのまま自分の答えにすることは簡単です。
でも、それを続けていると、
気付かないうちに、自分が本当に大切にしたいものを見失ってしまう。
それが、私には一番怖いことでした。
だから私は、自分で考えます。
頭が痛くなるくらい考えます。
遠回りかもしれません。
効率が悪いかもしれません。
それでも、自分で考え、納得して選んだ生き方には、
「ちゃんと自分の人生を生きている。」
そんな実感があります。
理解されないこともあります
今の考え方を理解してもらえないこともあります。
仕事でも。
人間関係でも。
「そこまで考えなくてもいいじゃない。」
そう言われることもあります。
でも私は、それで相手を否定したいとは思いません。
価値観が違うだけ。
そう思っています。
だから時には、少し孤独を感じることもあります。
でも、その孤独は寂しさではありません。
自分で納得して選んだ道を歩いている証でもあります。
そして、そんな私を理解してくれる人もいます。
数は多くありません。
でも、その人たちがいるから私は、自分の価値観を信じて歩いていけます。
あなたには、自分に戻れる時間がありますか
私にとって、その時間は朝のバイクでした。
バイクだから良かったわけではありません。
たまたま私にとって、バイクが自分に戻る入口だっただけです。
読書かもしれません。
散歩かもしれません。
釣りかもしれません。
朝のコーヒーかもしれません。
きっと、人それぞれ違うと思います。
でも、一つだけ思うことがあります。
人は、誰かの人生を生き続けることはできても、心から満たされることは難しいのではないでしょうか。
だから私は、自分に戻れる時間を大切にしています。
その時間は、すぐに人生を変えてはくれません。
でも、少しずつ。
本当に少しずつ。
「私は何を大切にしたいんだろう。」
「私はどんな人生を歩みたいんだろう。」
そんな問いへの答えを、自分の中から見つけさせてくれます。

だから今日も私は、朝のバイクへ向かいます。
答えを探すためではありません。
自分に戻るために。


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