昔の私は、人と比べることが当たり前でした。
買い物へ行けば、駐車場に停まっている高級車へ自然と目が向く。
ブランドショップから出てくる人の買い物袋が目に入る。
家族と話しながら歩いていても、心の中では小さくこう思っていました。
「いいな。」
もちろん顔には出しません。
何事もなかったように歩き続けます。
でも心の中だけは、少しだけザワついていました。
家に帰れば、今度はスマホを開きます。
SNSには、株で利益を出した人。
新築の家を建てた人。
高級車を買った人。
旅行を楽しんでいる人。
次から次へと誰かの暮らしが流れてきます。
その度に、また思うのです。
「いいな。」

でも、その「いいな。」は長く続きません。
頭の中では、すぐに現実の生活が始まります。
頑張れば買えないこともない。
でも、そのためには生活を犠牲にしなければならない。
毎月の支払い。
借金の返済。
自由に使えるお金。
全部を頭の中で計算していました。
そして最後には、決まって同じところへたどり着きます。
「なんか違う。」
でも、その頃の私は何が違うのか分かりませんでした。
お金が足りないからなのか。
努力が足りないからなのか。
考え方が間違っているのか。
答えは見つからないまま、モヤモヤだけが残っていました。
競争から降りるのが怖かった
そんな生活が変わり始めたのは、借金返済をしていた頃でした。
見栄を張る余裕なんてありません。
高級車も買えない。
ブランド品も買えない。
競争したくても、その土俵に立てなくなりました。
正直、怖かったです。
周りだけが前へ進み、自分だけが置いていかれるような気がしていました。
仕事が終わると、真っすぐ家へ帰る。
晩ご飯を食べる。
お風呂に入る。
リビングで寝転びながらYouTubeを見る。
眠くなったら寝る。
毎日その繰り返しでした。
競争することが当たり前だった私にとって、その生活はどこか物足りなく感じていました。
でも、不思議な感覚もありました。
焦っているはずなのに、どこかホッとしている自分もいたのです。
誰かを追いかけなくていい。
誰かと比べなくていい。
その静かな時間は、本当に少しずつでしたが、確かに増えていきました。
本が読めるようになった日

そんなある日、YouTubeでこんな言葉を聞きました。
「先人の知恵が詰まった本を読まないのはもったいない。」
その言葉が、なぜか心に残りました。
読書は得意ではありません。
それでも一冊だけ読んでみようと思いました。
仕事から帰り、やることを終えた夜。
コーヒーを淹れて、リビングの床に座ります。
いつものように寝転ぶのではなく、本を開いて座る。
それだけのことなのに、少しだけ気持ちが違いました。
ページをめくる。
またページをめくる。
不思議なくらい内容が頭に入ってきます。
そして、ある一文で手が止まりました。
目だけが左上を向き、しばらく考えます。
「あれ?」
今までの自分なら、ここまで読めなかった。
文字を読むことはできても、内容を自分の人生と照らし合わせながら考えることはできなかった。
その瞬間、ふと思いました。
「心に少し余裕が戻ってきたのかもしれない。」
答えではなく、自分に合う答えを探していた
読書が楽しかった理由は、知識が増えることではありませんでした。
本を読みながら、ずっと考えていたのです。
「これは自分の暮らしにも使えるだろうか。」
「今の自分には合っているだろうか。」
試してみる。
暮らしに取り入れてみる。
合えば続ける。
違えば手放す。
そんな小さな実験を繰り返していました。
私は答えを探していたのではありません。
自分に合う暮らしを探していたのです。
少しずつ、生活の色が戻ってきた
お金に関する本を読んで、最初に取り組んだのは家計の見直しでした。
以前の私は、給料日が来ても安心できませんでした。
支払いを済ませる。
買い物をする。
気付けば手元にはほとんど何も残らない。
「来月まで生活できるだろうか。」
「借金は返せるだろうか。」
そんな不安ばかり抱えていました。
家計を見直してからは、少しずつ変わり始めます。
毎月、本当に少しずつですが、お金が残るようになりました。
その金額は決して大きくありません。
それでも私には十分でした。
「今月も生活できる。」
その安心感が、何より嬉しかったのです。
今振り返ると、生活の色が戻り始めたのは、あの頃だったと思います。

自由は、安心できる暮らしの上にしか育たない
今なら分かります。
競争そのものが悪いわけではありません。
競争があるから、人は技術を磨き、新しい物やサービスが生まれます。
その恩恵を、私も毎日のように受けています。
だから競争を否定したいわけではありません。
ただ、人生そのものまで競争にする必要はないと思うのです。
昔の私は、高級車やブランド品だけではなく、その時代に「いい」と言われているものを、気付けば羨ましがっていました。
流行りの物。
新しいスマートフォン。
SNSで見かける誰かの暮らし。
「いいな。」と思うものは、その時々で姿を変えて現れます。
一つ手に入れたと思えば、また新しい「いいな。」が現れる。
だから、追いかけても追いかけても終わりがありませんでした。
でも、本当に欲しかったものは、一度も変わっていなかったのです。
毎月安心して眠れる暮らし。
焦らず本を読める時間。
そして、自分の人生を、自分で選べる心の余裕。
私はずっと自由が欲しいと思っていました。
でも今なら分かります。
自由は、安心できる暮らしの上にしか育たない。
安心できる暮らしがあるから、心に余裕が生まれる。
心に余裕が生まれるから、自分と向き合える。
自分と向き合えるから、自分で人生を選べるようになる。
私が本当に欲しかったものは、高級車でもブランド品でもありませんでした。
安心して暮らせる毎日だったのです。


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