「足るを知る」という言葉を知った時、私は大きな衝撃を受けました。
それまでの私は、何かを足し続けることで人生は良くなると思っていました。
もっと良い物を持てば。
もっと便利な物を持てば。
もっと人から凄いと思われる物を持てば。
そうすれば満たされると思っていたのです。
ですが、知識として知ることと、実際に暮らしへ取り入れることは別でした。
本当に変化が始まったのは、学んだことを自分の生活の中で試し始めてからでした。
最初に手放したのは高級車だった
当時の私はセルシオという大型の高級車に乗っていました。
車が好きな私にとって憧れの一台でした。
綺麗に磨き、手入れをしながら所有することに満足感もありました。
ですが同時に、その車を維持するためのお金にも悩まされていました。
税金。
燃料代。
メンテナンス費用。
好きな車ではありましたが、この先も長く続けられる暮らしなのかと考えた時に疑問が残りました。
手放す決断をした時は正直苦しかったです。
まだ乗っていたい気持ちもありました。
車のランクを下げる不安もありました。
人からどう思われるだろうという気持ちも少なからずありました。
それでも、不思議なことに心の奥では安心していました。
これで車に関するお金の悩みが減る。
その安心感は想像以上に大きなものでした。
そして数ヶ月後、私はセルシオのことをほとんど考えなくなっていました。
あれほど執着していたはずなのにです。

本当に怖かったのは物を失うことではなかった
断捨離を始めた頃、私は物を手放すのが怖くて仕方ありませんでした。
今ある物を失ったら困るかもしれない。
また必要になるかもしれない。
そんなことばかり考えていました。
ですが今振り返ると、怖かったのは物を失うことではありませんでした。
私という物語が壊れてしまうことだったのだと思います。
乗っている車。
持っている道具。
身の回りの物。
それらは単なる物ではなく、自分自身を形作る一部だと思い込んでいました。
だから手放すことが怖かったのです。
選ぶ基準を整理してみた
そこで私は、持ち物を三つに分けて考えるようになりました。
1つ目は生きていくために必要な物。
2つ目は暮らしを豊かにしてくれる物。
3つ目はロマンを満たしてくれる物。
完璧なルールではありません。
今でも試行錯誤しています。
ですが、この考え方で整理していく中で一つの気付きがありました。
それは、目的と手段が逆転している物は意外と必要ではないということです。
本来、物は目的を叶えるための手段です。
ところが気付けば、物を持つことそのものが目的になっていました。
高い物。
良い物。
人から凄いと思われる物。
そうした物は、手放しても意外と困りませんでした。
必要ならまた買えばいい
物を手放す時によく考えていたことがあります。
それは「必要になったらまた買えばいい」ということです。
もちろん買い戻すにはお金がかかります。
もったいないと思う人もいるかもしれません。
ですが、目的と手段を整理していくと、不思議と無駄な出費は減っていきます。
すると、本当に必要な物にお金を使う余裕が生まれます。
だから私は、いつか使うかもしれない物を抱え続けるよりも、その時に必要なら改めて選べばいいと考えるようになりました。
今思えばそれは、未来の自分を信じるということだったのかもしれません。

部屋より先に思考が変わった
物を減らして最初に感じた変化は部屋でした。
視界がすっきりしたのです。
曖昧な理由で持っている物が減り、余計な情報が目に入らなくなりました。
ですが、それ以上に大きかったのは思考の変化でした。
目的と手段を考える。
実際に手放してみる。
困らない。
また試してみる。
その繰り返しの中で、自分の考え方への確信が少しずつ生まれていきました。
気付けば以前よりも判断に迷わなくなっていました。
私が本当に欲しかったもの
以前の私は、自分を着飾る物を追いかけていました。
高い物。
良い物。
人から凄いと思われる物。
ですが、それらを手に入れても満たされることはありませんでした。
手に入れた瞬間は嬉しい。
けれど、その喜びは長く続かない。
気付けばまた次の何かを探していました。
今思えば、私が欲しかったのは物そのものではなかったのだと思います。
自分を着飾るための物でもありませんでした。
学ぶこと。
作ること。
考えること。
挑戦すること。
そんな行動を後押ししてくれる物を、私は求めていたのです。
足るを知るとは、物を減らすことではなく、自分にとって本当に大切な物を知ることだったのかもしれません。
私は物を減らしたかったわけではありません。
自分の人生を前に進めてくれる物を選びたかっただけなのです。
あなたの暮らしを前に進めてくれる物は、何でしょうか。


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