人の答えではなく、自分で確かめたい

昔の私は、正解を探していました。

仕事も。

暮らしも。

人生も。

きっとどこかに正しい答えがあって、それを見つけられれば上手くいくのだと思っていました。

だから本を読み、人の話を聞き、経験者のアドバイスを参考にしていました。

もちろん、それらは今でも大切だと思っています。

ただ、振り返ると一つだけ足りなかったことがありました。

それは、自分で確かめることです。

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正解を探していた頃

以前の私は、何か迷った時にまず答えを探していました。

詳しい人はどう考えているのか。

成功した人は何をしているのか。

おすすめは何なのか。

失敗しない方法は何なのか。

できるだけ遠回りをせず、効率よく進みたいと思っていました。

でも、なぜか心の中にはいつも小さな違和感が残っていました。

言われた通りにしているのに、どこか納得できない。

そんな感覚です。

人の答えでは納得できなかった

人生経験が豊富な人の話を聞けば上手くいくと思っていました。

でも現実はそう単純ではありませんでした。

なぜなら、その人にとっての正解が、自分にとっての正解とは限らないからです。

人それぞれ価値観も違えば、置かれている状況も違います。

だからこそ、人の答えをそのまま借りても、本当の意味では納得できませんでした。

参考にはなる。

でも最後は、自分で体験してみなければ分からない。

そんな当たり前のことに気付くまで、ずいぶん時間がかかった気がします。

わざわざ遠回りをしてしまう

私は便利なものを否定したいわけではありません。

むしろ便利なものにはたくさん助けられています。

それでも時々、あえて遠回りをしたくなることがあります。

時間を見るだけならスマートフォンで十分です。

それでも腕時計を付けてみました。

もっと新しくて快適な選択肢があるのに、古いバイクを自分で直しながら乗っています。

電動の道具を使えば早く終わるのに、手間のかかる方法を選ぶこともあります。

効率だけを考えれば、もっと良い方法はいくらでもあるはずです。

それでも私は、自分で試してみたくなります。

なぜなら、本当に自分に合うかどうかは、自分で体験してみなければ分からないからです。

体験したことだけが残る

今でも人の話は聞きます。

本も読みます。

経験者の意見も参考にします。

でも、以前と違うのは、それを鵜呑みにしなくなったことです。

本当に自分に合うかどうかは、自分で試してみなければ分かりません。

上手くいくこともあります。

失敗することもあります。

遠回りになることもあります。

それでも、自分で体験したことだけは確かなものとして残ります。

人から借りた答えは忘れてしまうことがあります。

でも、自分で確かめた答えは残り続けます。

人生も少しずつ実験していく

最近は、人生そのものも実験のようなものだと思っています。

やってみなければ分からないことがたくさんあります。

人の答えを参考にしながらも、自分で確かめる。

上手くいったら続ける。

違ったらやめてみる。

そんな小さな実験の繰り返しです。

遠回りに見えるかもしれません。

効率は悪いかもしれません。

それでも、自分で見つけた答えには、人から借りた答えにはない納得感があります。

だから私は、これからも自分で確かめながら暮らしていきたいと思っています。

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