正解より大切なもの

最近、ある作品を見て考え込んでしまいました。

見終わった後も、しばらく頭の中が整理できませんでした。

悲しい。

切ない。

そして何より、虚しかったのです。

多くの人が助かるために、多くの人が犠牲になる。

それが避けられなかったとしても、その犠牲の上に成り立つ希望を素直に喜ぶことができませんでした。

私は考えました。

誰が正しかったのだろう。

誰が悪かったのだろう。

何が正義だったのだろう。

ですが、考えれば考えるほど分からなくなりました。

そして最後に残ったのは、とても曖昧な答えでした。

もしかしたら、みんな正しかったのかもしれない。

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正解を探していた

思い返してみると、私は昔から正解を探していました。

人生を良くする方法。

お金のこと。

人間関係のこと。

生き方のこと。

たくさんの本を読み、たくさんの人の体験談を調べてきました。

それは知識欲というより、自分が生きやすくなるための武器が欲しかったからだと思います。

苦しみたくない。

失敗したくない。

後悔したくない。

だから正解を探していました。

ですが、今回考えた問いには正解がありませんでした。

立場が変われば正義も変わる。

状況が変われば答えも変わる。

誰かにとっての正解が、別の誰かにとっては不正解になることもある。

そう考えた時、私は少し立ち止まりました。

もし正解がないのだとしたら、私は何を信じて生きればいいのだろう。

情けなくて悔しかった夜

中学生の頃のことです。

私は大人に胸を張れない生き方をしていました。

周囲に迷惑をかけ、自分のことしか考えていなかった時期もありました。

ある日、一人になって自分と向き合う時間がありました。

夜、小さな窓から見える月を眺めながら考えました。

「このままでは駄目だ」

と。

怖かったというより、情けなかった。

悔しかった。

何も知らない。

何もできない。

口だけで、現実から逃げてばかりの自分。

その時初めて、自分の無力さと向き合った気がします。

父親が教えてくれたこと

そんな私を、父親は見捨てませんでした。

何度も迷惑をかけたと思います。

何度も期待を裏切ったと思います。

それでも向き合い続けてくれました。

私は幼い頃から、人を信じることが苦手でした。

傷つきたくなかった。

裏切られたくなかった。

だから無意識のうちに、人との距離を取っていたのだと思います。

ですが父親を見て、初めて知りました。

信じることが悪いわけではない。

信じる人を間違えてはいけないのだと。

今振り返ると、あの時の父親との出会いがなければ、私は今とは違う人生を歩んでいたと思います。

私の中の正義

今でも正直、正解は分かりません。

善悪とは何か。

正義とは何か。

誰が正しかったのか。

答えは出ません。

ですが、私は気付いたことがあります。

私は正解を探していたつもりでした。

けれど本当に作っていたのは、自分だけの正義だったのだと思います。

これまで出会った人たち。

学んできたこと。

後悔したこと。

憧れた生き方。

尊敬する人たち。

そういったものを少しずつ集めながら、自分の中に理想の人物像を作っていたのです。

私はその人に恥じないように生きたい。

ただ、それだけなのかもしれません。

正解より大切なもの

正解は分かりません。

誰が正しかったのかも分かりません。

これから先も答えは出ないかもしれません。

ですが、一つだけあります。

私はもう、あの頃の情けなくて悔しかった自分には戻りたくありません。

だからこれからも、自分との約束を守りながら生きていきたいと思っています。

誰かが用意した答えではなく。

誰かが決めた正義ではなく。

自分で考え、

自分で選び、

自分の足で立ちながら生きていきたい。

それが今の私にとって、正解より大切なものです。

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